大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和43年(う)2441号 判決 1969年9月30日

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金一万円に処する。

右罰金を完納するができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

原審及び当審における訴訟費用(ただし、原審証人原田恒雄、同河辺俊昭に対し昭和四二年六月一九日の出頭につき支給した分を除く。)は、被告人の負担とする。

理由

(控訴趣意)

検察官提出の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人杉本昌純提出の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

(当裁判所の判断)

控訴趣意第一点(法令の解釈適用の誤りの主張)及び第二点(事実誤認の主張)について

所論は、要するに、原判決が、昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(以下本条例という。)違反に関する本件公訴事実に対し、本件学生集団の近藤自動車部品販売株式会社前道路上におけるだ行進及び日本交通本社前道路上における約一一分間にわたる停滞を、被告人が、ほか数名の学生らと共謀して指導した事実のみを認め、その余の公訴事実、すなわち、本件学生集団のことさらなかけ足行進、右認定以外の停滞及びだ行進、隊列違反の八列ないし一〇列ぐらいの縦隊による行進、第一、第二両てい団の併進を被告人が、ほか数名の学生らと共謀のうえ、指導した事実につき、被告人は、無罪と認めたのは、東京都公安委員会が、本条例三条に基づき、本件集団示威運動の許可に付した条件中「ことさらなかけ足行進」、「停滞」、「だ行進」、「てい団の併進」の禁止及び「隊列」の制限の解釈について独自の見解をとり、その結果法令の解釈適用を誤り、さらに事実を誤認したもので、これが判決に影響を及ぼすことが明らかであって、破棄を免れない、というに帰する。

東京都公安委員会が、本件集団示威運動に対し与えた許可には、交通秩序維持に関する事項として、行進隊形は、五列縦隊とすること、だ行進、ことさらなかけ足行進、停滞、先行てい団との併進等交通秩序をみだす行為をしないことなどの条件が付されていたことは、原判決挙示の集会、集団示威運動許可申請書、同許可書の各謄本により明らかである。よって以下、原判決が無罪と認めた部分を所論に対比し、検討することとする。

(一)  ことさらなかけ足行進

原判決は、本条例にいわゆるかけ足は、とくに著しく一般交通秩序を妨害するおそれのある程度早い速度のものであることを要する、と解し、これに対し、所論は、「かけ足行進は、……危険を内包しているから、交通頻繁な道路上では、公共の福祉の維持上必要最少限度の合理的な制約として、正当の理由ある場合をのぞき、速度の遅速にかかわらず、これを禁止しているものと解する。」という。ところで、ことさらなかけ足行進の禁止は、東京都公安委員会が、本条例三条一項ただし書三号の「交通秩序維持に関する事項」としてつけた条件であり、かつ、条件付与の基準は、それは、他の条件と同様、この種集団運動が、国民の表現の自由にかかわる重要な意義をもつものであることにかんがみ、同条一項本文所定の事態を回避するため必要最少限度のものに限られるべきであることは、当然であるから、それらの条件の当否ないしその内容をいかに解釈すべきかは、畢竟、この観点を基準として決定されなければならない、と解すべきである。そこで、いま、この見地から考えてみると、ここにいわゆるかけ足行進とは、単に、両足が、双方同時に地面から離れている状態を伴う、急速な歩調による飛躍ないし浮動した形態で前進する体勢である、というだけでは必ずしも十分ではなく、さらに進んでそれが、健全な社会的常識により具体的に交通秩序をみだすおそれがあると認められる程度の速度を伴うものであること、換言すれば、通常「歩行」ないし「速歩」といわれているものとは異る早い速度のかけ足行進(このようなかけ足行進こそ具体的に交通秩序をみだすおそれのあるものである。)であることを要すると解すべきである。したがって、進行速度の遅速は、「かけ足行進」の決定的要素にはならないとの所論には、にわかに賛同し難いものがあり、「本条例にいわゆるかけ足は、特に著しく一般交通秩序を妨害する虞れのある程度早い速度のものであることを要する……。」と判示した原判決の解釈には、そのニュアンスにおいて多少異るところもあるが、根本の趣旨において、重大な誤りがある、とは考えられない。これを本件について見ると、≪証拠省略≫によれば、本件道路上で行われた学生集団のいわゆるかけ足行進は、弁慶橋から赤坂見附交差点内にいたるまでの区間をのぞいては、いずれも俗にいう小きざみのかけ足、つまり普通のかけ足よりは遙におそく、おとなが大股で歩けば十分追いつける程度のものであったことが明らかであるから、この程度のものは、たとえ、その際に「ワッショイ、ワッショイ」という掛け声が入り、あるいは、また、笛が、ピッ、ピッ、ピッというように吹かれるとしても、いまだ、もって本条例にいわゆるかけ足行進に該当するとはいえない。したがって、この点に関する所論は、採用の限りでない。もっとも、右弁慶橋から赤坂見附交差点内にいたるまでの間においては、なんら正当な事情もないのに、本件学生集団中、第一てい団は、右弁慶橋からかなり早いかけ足で右方を大きく迂回進行し、同第二てい団も同所から早いかけ足で直進し、ともに同交差点内の山王下方面に通ずる道路上まで進んだこと、そしてその結果、その間の一般交通秩序に相当な障害を来たしたことが前記各証拠により認められるのであって、右は、ことさらなかけ足行進に該当すると見られる。そして、その際、被告人は、ほか数名の学生らと意思を通じ、終始第一てい団の先頭列外に位置し、笛を吹き、かつ、先頭隊伍が横にかまえて所持する竹竿を握って引っ張るなどして本件の許可条件に違反した右第一ていのことさらなかけ足行進を指導したことが≪証拠省略≫により明らかであるから、右の点についても、被告人は、無罪とした原判決には事実の誤認がある、といわなければならない。しかし、その際、被告人が、ほか数名の学生らと共謀のうえ、前記第二てい団のことさらなかけ足行進をも指導したとまでは、これを認めるに足る証拠が十分でないから、この点に関する所論は、採用することができない。

(二)  停滞

原判決は、本件のとき、原判示認定のほか、なお、証拠上一分程度の停滞のあった事実は認められるが、右は隊形の整理とシュプレヒコールと斉唱のための比較的短時間のもので、全体として見て、とくに著しく交通秩序を妨害し、処罰を必要とする程度のものであったとまでは認められない、という。しかし、所論も指摘するとおり、≪証拠省略≫に徴するも、本件道路の当時における車両等の交通の輻輳状況に照らし、また、本件隊列の広い幅員及びその参加人員数等にかんがみると、右道路上における本件集団の停滞は、たとえ、一分間くらいであっても、交通を渋滞させて一般公衆に多大の迷惑を与えることが明らかであるから、正当な理由なく一分間程度停滞したことの認められる限り、停滞としての条件違反が成立するものと解すべきであり、シュプレヒコールや斉唱を行うことは、停滞を正当づける理由にはならないと考える。これを本件につき見ると、≪証拠省略≫によれば、本件のとき、学生集団は、原判決認定以外に、前後三回にわたり、すなわち、清水谷公園から弁慶橋にいたる間のニューオータニ入口前(かっぽう店清水前)付近、地下鉄入口先の大同自動車販売株式会社前付近及び国際観光旅行社前の各道路上で、シュプレヒコールや斉唱を行うため、それぞれ約一分間にわたり停滞をし、それがため、そのつど交通が渋滞したこと、その際、被告人は、ほか数名の学生らと意思を通じ、停止の合図をし、シュプレヒコールの音頭をとるなどして本件の許可条件に違反した右各停滞を指導したことが認められる。ところで、起訴状記載の本件公訴事実の内容は、検察官提出の冒頭陳述書の記載と相まって、はじめて具体的、個別的に明確化されるものと解すべきであるが、同陳述書をよく見ると、前記ニューオータニ入口前付近の停滞、被告人がこれを指導した事実については、これが記載が見られないから、これによると、右訴因についても起訴があったと解することは、困難である。したがって、この意味において右の点に関する所論は、採用することができないが、この点を除いては、原判決に、所論のような法令の解釈適用の誤りないし事実の誤認があるといわなければならない。

(三)  隊列の制限、てい団の併進

原判決は、本件の許可条件が行進隊形は、五列縦隊であるところ、隊形が八列などになったのをことさら問題とするのは、本件の場合、極端に過ぎ、また、赤坂見附付近で第一、第二てい団が併進したのは、被告人の指導によったものとは証拠上速断できないばかりでなく、当時学生集団が第一、第二てい団併進して、ときに車道片側程度を進行した事実は、おおむね認められるが、これを本件参加学生の員数、道路の状況や幅員、当時の交通事情、隊列の幅と長さ、進行の速度、一般行事の際の行列進行時の実状などと対比して考えると、いまだ必ずしも公共の安寧を保持するうえに直接危険を及ぼすと明らかに認められるほどの所為であった、とまでいうことができない、という。しかし、東京都公安委員会が本件集団示威運動を許可するにあたり付加した隊列の制限ないし先行てい団との併進の禁止の条件は、右集団示威運動のコースが、東京都の中心部であって、当時の都内の道路交通事情等にかんがみれば、公共の福祉との調和をはかるために課せられた必要最少限度の合理的な制約であることが理解され(すなわち、≪証拠省略≫によると、行進隊形の五列縦隊の制限は、本件集団示威運動の行進順路の片側車道がおおむね三車線幅であるので、右集団示威運動のため、そのうち一車線幅を使用させ、他の二車線幅は、一般交通のため確保しようとの意図のもとに付された条件であることが認められる)、これに違反して八列ないし一〇列程度の縦隊で行進するときは、同一進行方向に向う車両等の一般交通の秩序を阻害する危険が発生することが明らかであり、さらに、第一てい団、第二てい団とも右程度の縦隊で併進することになれば、いっそうその危険が増大することは、いうまでもない。これを本件につき見ると、前記各証拠によれば、本件のとき、学生集団は、二個のてい団をなし、清水谷公園から赤坂見附交差点、山王下を経て東芝レコード前にいたるまでの道路上を第一てい団(先行てい団、約五〇〇名)が八列ないし一〇列ぐらい、第二てい団(約四〇〇名)が八列ぐらいの縦隊で行進したこと、その間、右赤坂見附交差点内から山王下を経て東芝レコード前にいたるまでの道路上を両てい団が右隊形で併進し、左側車道いっぱいに、ときには右側車道にもくいこんで進行したこと、これらの結果、行進区間の交通(一般車両等の進行)に多大の障害を与えたこと、被告人は、清水谷公園を出発前、同所での集会の際、司会者から本件集団示威運動の総指揮者として紹介され、学生らに対し、いわゆるアジ演説をした後隊列を八列にする旨指で示したうえ、終始本件学生集団の先頭列外に位置し、発進を合図するなどして、ほか数名の学生らと意思を通じ、条件違反の右八列ないし一〇列の縦隊の行進を指導し、その後、まもなく、弁慶橋から赤坂見附交差点内に第一てい団は、右方を迂回進行し、また、第二てい団は、直進して、それぞれ進入、同交差点内の山王下方面に通ずる道路上で両てい団の先頭が並んだ直後、被告人は、その状態を知悉しながら、両てい団の先頭部ほぼ中央辺の列外に正対して位置し、両手をあげ、外側から内側に向け合わせるように合図して、両てい団を密着させたうえ、その中央先頭列外で行進を指揮し、以後、前記東芝レコード前の道路上にいたるまでの間条件違反の両てい団の併進をほか数名の学生らと意思を通じて指導したことが認められる。よって原判決には、所論のような法令の解釈適用の誤りないし事実の誤認がある、といわざるを得ない。

(四)  だ行進

原判決は、本件学生集団は、原判決認定以外には、さしたるだ行進をくりかえした事実がないとなし、所論は、右学生集団は、日本交通本社前から東芝レコード前までの道路上を行進する途中、数回だ行進をくりかえし、被告人がこれを指導したと主張する。ところで、この点に関する≪証拠省略≫によれば、本件学生集団は、日本交通本社前を出発してからだ行進をしたことがあり、右だ行進は、道路いっぱいでなく、反対側の車道上の中央くらいに達するもので、左側も車道の中央くらいまでで、山王の手前でやったほど幅広くなく、せまいだ行進を二度ばかりやった、だれが合図したかちっと記憶がないが、ワッショイというような発声でいっしょにかけ出して、すぐ二回ほど大きくだ行進をやり、日本交通本社と東芝レコードの間の右側にあるえびすというすし屋まで行ったときに、だ行進から直進のかけ足に移り、そのまま待ちかまえていた機動隊に強くぶつかった、というのであるが、他方、≪証拠省略≫によると、右だ行進は、一回で、車道いっぱいではなく、軌道敷上をちょっとくねるような格好ですぐやめた、その幅は、約五、六メートル、長さは、約二〇メートル近くで、かるくやった、だ行進の誘導者は、知らない、全参加者のうしろの方の様子は、わからぬ、というのであり、さらに、≪証拠省略≫によると、本件学生集団が前記日本交通本社前を出発後、はっきりとだ行進をしていたか断言できない、というのであるから、これらを総合すれば、右学生集団が、全体として、意識的にはっきりと条件違反のだ行進を敢行した、ということ、とくに、その際、被告人が、いかなる指導的行動に出でたか、との事実は、いまだ合理的な疑いをいれる余地なきほど的確にこれを把握するに十分でなく、記録を精査するも、他に右事実を認めるに足る証拠は存しない。よってこの点に関する所論は、採用するに由ない。

以上の次第で、原判決には前記(一)ないし(三)の点において、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈適用の誤り、ないし事実の誤認があり、破棄を免れない。論旨は、結局理由がある。

よって、控訴趣意第三点(量刑不当の主張)に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書によりさらに左のとおり自判する。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四一年五月一八日に行われた東京都学生自治会連合主催の「大学設置基準教免法改悪粉砕全都学生総決起」集団示威運動に学生約九百名とともに参加したものであるが、右集団示威運動に東京都公安委員会が与えた許可には、交通秩序維持に関する事項として、行進隊形は、五列縦隊とすること、だ行進、ことさらなかけ足行進、停滞、先行てい団との併進等交通秩序をみだす行為をしないことなどの条件が付されていたのに、右集団示威運動に参加した学生らが同日午後五時一九分ころから同五時五九分ころまでの間、東京都千代田区紀尾井町三番地清水谷公園から同都港区赤坂見附を経て同区赤坂溜池町三〇番地東芝レコード前にいたるまでの間の道路上で、右許可条件に違反し、

(一)  前記時刻の間、右道路上を前記学生集団中、第一てい団(先行てい団、約五〇〇名)は、八列ないし一〇列ぐらい、同第二てい団(約四〇〇名)は、八列ぐらいの縦隊で行進し、

(二)  同日午後五時二六分ころ、東京都港区所在弁慶橋から赤坂見附交差点内にいたるまでの間、第一てい団は、一〇列くらいの縦隊で、右方に大きく迂回しながら、ことさらなかけ足行進をし、

(三)  同日午後五時二七分ころから同五時五九分ころまでの間、右赤坂見附交差点内から山王下を経て前記東芝レコード前にいたるまでの間の道路上を第一てい団は、一〇列ぐらい、第二てい団は、八列ぐらいの縦隊で併進し、

(四)  同日午後五時三一分ころ、地下鉄入口先の大同自動車販売株式会社前付近道路上で、同隊形のまま、シュプレヒコール及び斉唱を行うため、約一分間にわたり停滞をし、

(五)  同日午後五時三七分ころ、近藤自動車販売株式会社前道路上で、対向車道を含む車道全域にわたって、同隊形のまま、だ行進をくりかえし、

(六)  同日午後五時四〇分ころ、国際観光旅行社前道路上で、シュプレヒコールを行うため、同隊形のまま、約一分間にわたり停滞をし、

(七)  同日午後五時四五分ころ、日本交通本社前道路上で、シュプレヒコール等を行うため、同隊形のまま、約一一分にわたり停滞をし

た際、ほか数名の学生らと共謀のうえ、右学生隊列の先頭列外に位置し、前向き、または、後向きとなり、笛を吹き、手をあげて振り、あるいは、同隊列の先頭隊伍が横にかまえて所持する竹竿を握って隊列を引っ張るなどして、右制限違反の隊列の行進、停滞、ことさらなかけ足行進、先行てい団との併進及びだ行進を指導し、もって前記許可条件に違反した集団示威運動を指導したものである。

(証拠の標目) ≪省略≫

(法令の適用)

昭和二五年東京都条例第四四号集会集団行進及び集団示威運動に関する条例三条一項ただし書、五条、刑法六〇条(罰金刑選択)

労役場留置につき、刑法一八条

原審及び当審における訴訟費用につき、刑事訴訟法一八一条一項本文

(一部無罪)

本件公訴事実中、被告人が判示認定にかかる犯罪事実以外の本件学生集団のことさらなかけ足行進及びだ行進をほか数名の学生らと共謀のうえ、指導した、との点は、犯罪の証明がないこと前記のとおりであるが、右は、判示認定事実と包括一罪をなすものとして起訴されたものであるから、この点につき、主文においてとくに無罪の言渡をしない。

(量刑の事情)

表現の自由としての集団示威行進等集団運動の価値は、十分にこれを尊重すべきであるが、他面、本件違反の規模、態様、およびそれが及ぼした影響(交通秩序の阻害)ならびに、本件集団示威運動における被告人の地位等を勘案し、合わせて、本件学生集団中の第二てい団の指導に当ったと見られる仲田信範に対する科刑が、すでに罰金三万円で確定している事実をも適宜参酌すると同時にまた同人には本件以前のまもないころ同種違反の罪による罰金刑(三万円)の前科があるのに対し、被告人には、本件以外になんらの前科、前歴もなかったこと、被告人が、本件集団示威運動において指導者としての地位に立つに至った事情、その他、記録上うかがわれる諸般の情状を漏れなく考慮して、主文のとおり量刑処断することとした。

(裁判長判事 樋口勝 判事 浅野豊秀 唐松寛)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例